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移住者インタビュー 移住者インタビュー

浪江町へ移住してきた先輩移住者のインタビューをご紹介します。

INTERVIEW.04

浪江町に移住された方をご紹介します。
第4回は、坂本道子さん、ザイナル=アビディンさんです。大型犬を飼える家を探していたのが移住のきっかけとのことで、浪江町内で就職し移住生活をスタートさせました。
現在、浪江町に移住を検討されている皆様、これから移住先を検討される皆様、ぜひ移住経験をご参考にしてください。

1.ご主人とはどのように知り合われましたか?また、移住前はどのような生活・お仕事をされていましたか?
主人はインドネシアから約10年前に日本に来ました。知り合った当時は二人とも茨城県の古河市にそれぞれ住んでいました。当時はお互いが犬を飼っていて、それがきっかけで親しくなりました。
2.浪江町への移住のきっかけ、移住の決め手は何ですか?
実家のある郡山から通える場所に大型犬を飼える家を探していたのが移住のきっかけでした。最初に大熊町・田村市を訪れましたが良い物件が見つからず、大熊町の移住相談のご担当の方から“まちづくりなみえ”さんをご紹介いただき、移住の相談をしたのがきっかけです。結果的に浪江町で丁度よい物件が見つかったので移住を決めました。
3.これまでに利用した、または今後申請予定の支援策・補助金などはありますか?
移住支援金・家賃補助の申請をする予定で現在準備を進めています。
4.立派な秋田犬を飼われていますが、名前は何といいますか?また、お気に入りの散歩コースはありますか?
名前は“カイ”といいます。日本語の海(かい)と、ハワイ語で海を意味するkai(カイ)が由来です。いつも請戸川リバーラインなどの堤防沿いを歩き、カイ君が大好きな道の駅で町民の方と戯れた後、請戸地区の海岸で遊ぶのが日課です。
5.現在はお二人ともどのようなお仕事をされていますか?また、そのお仕事はどのようにして見つけましたか?
日化ボード株式会社(ザイナルさん)、社会福祉協議会(道子さん)に勤めています。勤務先も近く、社員・スタッフの方も皆さんいい方で、働きやすくて良い職場だと感じています。今の仕事はハローワークの求人票で見て、“まちづくりなみえ”さんに繋いでもらいました。
6.浪江町に移住してよかったと思うのはどんな時ですか?逆に大変だったことは何ですか?
山と海に挟まれ、自然が豊かであるところです。そのうえ涼しく気候に恵まれ、食べ物がおいしいところが魅力だと思います。また、住んでいる人たちが優しく、面白いところも移住してよかったと思う点です。
特に生活面での不自由さを感じることはありませんが、動物病院が無いので、カイ君の予防接種の時には、私の地元の郡山まで連れて行かなければならないことですね。
7.浪江町に住む前と後で、印象は変わりましたか?
こちらに来るまでは、震災から月日が経ちあまり報道されなくなったことで、近況がよくわからない町という感じの印象だったのですが、実際に来てみると思っていたほど不便さを感じることなく暮らせています。携帯電話は5Gも通りますし(笑)。
8.浪江町でお気に入りの場所・食べ物があれば理由とともに教えてください。
散歩でもほぼ毎日行くほど、請戸漁港周辺がお気に入りの場所です。海岸で遊ぶのもですが、漁港の近くにある柴栄水産で魚を買い、自宅で調理して食べるのも好きです。また、焼きそばは、主人が宗教上の理由で豚肉と鶏肉が食べられないので、店に行ったことはないのですが、自宅でよく作って二人で食べています。
9.いろいろな飲食店に行けないのは残念ですが、お二人仲良くおいしいものを召し上がっていらっしゃると伺い、安心しました。お二人の休日の過ごし方を教えてください。
2人で散歩したり買い物したり、充実した休日を過ごしています。
10.今後、町に期待することはどんなことですか?また、これからのお二人の楽しみは?
今の自然豊かな環境が丁度良いと思うので、今ある自然を生かした町づくりをしてほしいと思います。ただ、ケーキ屋さんやパン屋さんができるとうれしいですね。それから犬を飼っているので、ドッグランなどがあると嬉しいです。
11.今後のお二人の目標についてお聞かせください。
町内の山か海の近くに一戸建てを購入したいと考えています。以前スターバックスに勤めていた(道子さん)経験を生かして、町内に土地を購入してドッグランカフェを作るのが目標です。
12.ドックランカフェができるのを楽しみにしております。待ち焦がれている飼い主さんも多いと思います。では最後に、お二人から移住を検討されている方に一言メッセージをお願いします。
浪江町は自然豊かな町なのはもちろん、役場や各事業者の方々が丁寧に色々と教えてくれるなど、町に住む人たち皆さんが移住者に優しく、そして面白い方が多いです。気になる人は、ぜひ一度訪れてみてほしいと思います。

INTERVIEW.03

浪江町に移住された方をご紹介します。
第3回は、2022年の10月に移住された千頭和也さんのご紹介です。リモートワークでお仕事ができるご職業とのことで、都内の企業に勤めながら浪江町での移住生活をスタートさせました。
現在、浪江町に移住を検討されている皆様、これから移住先を検討される皆様、ぜひ移住経験をご参考にしてください。

都心での生活とは違ったストレスフリーな生活が出来ています

プロフィール

お名前:千頭和也
出身地:東京都世田谷区
勤務先:東京都のSaaS(Software as a Service)関連会社
年齢:34歳(1988年生)
移住年月:2022年10月

1.まず、お名前が千頭(チカミ)さんというのは、かなり珍しいですが、お名前のルーツなどお聞かせください。また、移住前はどこでどのような仕事をしていましたか?
僕も気になって調べてみたのですが、千頭という苗字は、祖父の出身地である高知県由来の名前のようで、かつて高知県には千頭(セントウ)村があってそれが訛って「チカミ」と呼んでいたようです。その村の出身者が千頭(チカミ)と名乗っていたというのが有力ですね。ただ静岡県大井川鉄道に千頭(チズ)という駅もありますから静岡県にも何か関係があるかもしれません。
僕自身は東京生まれ神奈川育ち、最初のキャリアは関西の会社でしたので、京都府に住んでいたこともあります。今の職場は都内にあるSaaS企業です。2022年10月に浪江に移住して今は提供しているサービスのセキュリティを担保、サービスが止まらないようにインフラを設計構築する仕事を在宅でしています。つまりフルリモートでお仕事させていただいております。
2.浪江町への移住のきっかけ、移住の決め手は何ですか?
もともと3.11を通して東北地方に思い入れがありました。当時の僕は飲食店チェーン店で人事の仕事をしていて、東北地方にも店があり、地震発生直後に行ったことは従業員の安否確認でした。もちろん安否確認も大事だと思いますが、みんな大変な状況にもかかわらず、これしかできないのか...と。その時の僕は自分自身に対して不甲斐なさを感じたんです。だからいつか東北に何か貢献したいと考えていました。
そんな思いを抱き続けていたら、2019年に浪江町でご当地アイドルが誕生。それがキッカケで浪江町との接点ができ、行ってみようと。行ってみると地元の方々の温かみ、エネルギッシュな姿にほれ込みまして、浪江町への訪問を重ねる度に地元の方々ともっと交流したいという気持ちと、ここに住んだら地域貢献も何か面白いことも出来るかも!と自分の直感を信じて移住を決意しました。
3.移住されてまだ間もないですが、どのようなプロセスで移住しましたか?
まず住む場所を見つけようと、ネット上の不動産紹介サイトで内見を申込み、それから1週間以内に現地に行ってその場で決めました。移住の決心から住む場所の確保まで、3ケ月もかかっていないと思います。
仕事については、勤めている会社に地方へ移住してリモート勤務が出来るという制度がなくてどうしようと...。 実は、会社に相談する前に住む場所の仮契約をしていたんです。そこで、一か八か浪江町への移住に対する思いを会社にぶつけたところ、経営陣が僕の思いを尊重してくれて快くOKしてくれました。
今もビデオ会議で毎日雑談に付き合ってくれたり、福島県の移住支援金の申請のことで相談に乗ってくれるなどフォローしてくれます。そんな勤め先にすごく感謝しています。
4.短期間での移住決断でしたが、ご両親の反対はありませんでしたか?
そうですねぇ、心配はしたとは思いますが反対はされませんでしたね。この前、親が浪江町を訪問してくれまして、浪江町の様子やご飯の美味しさにすごく満足していました。
放射線について心配してくれたも友人もいましたが、僕が調べた限り科学的に問題ないよと話したらみんな納得してくれました。
福島産の食材や福島で生活することへの安心感がどんどん上がっていることもあるかもしれません。この前東京に行ったとき、浪江町の鈴木酒造さんの日本酒をお土産に持っていったらすごく喜んでくれました。
5.現在はどのように仕事をされていますか?1日のスケジュールなど教えてください。
毎朝5時30分に起きています。理由があって仕事の前にウォーキングしたいからです。家を出て請戸川の河口付近まで歩いています。帰ってくるのは8時30分ぐらいで、軽く掃除や洗濯をして9時ごろから仕事を開始しています。
基本夜8時まで仕事をしていますが、実は業務中に1時間ほど仕事をサボッています。(笑)その間、何をしているかというと、道の駅やイオン浪江に行って浪江町産の野菜を買うというものです。早めに行かないと売り切れていることもあるので、売り切れているときはしょんぼりして帰ります。(笑)
仕事が終わったら、お酒を飲みながら買った野菜を使って料理をつくり夕食。夕食後、1時間ほど読書して夜10時ごろ就寝しています。
6.東京の企業に在籍しながら、完全リモートで仕事をされているとの事ですが、仕事をする上で不自由さは感じられませんか?
まったくありません。職場ではビデオ会議で円滑にコミュニケーションができていますし、上司や同僚もビデオ会議で僕の体調を確認してくれます。とはいえ、いつも元気なので心配はされててませんけど(笑)。
ちなみに、インターネット環境は非常に安定しています。通信状況が悪くてビデオ会議ができないという事はありません。なので、快適に仕事が出来ています。
移動手段ですが、車を持っていませんので、ほぼ徒歩です。よく話のネタで近くのコンビニまで20分、スーパーまで30分かかると言ってますが、歩くこと自体が好きですし、また、地元の方と挨拶できたり、会話もできるのですごく楽しいです。車では味わえない景色も楽しめますよ。
7.浪江町に移住してよかったと思うのはどんな事ですか?
浪江町での生活が健康的すぎて1ケ月で5キロ体重が減りました。都心部だとスーパーが深夜まで開いているので、仕事帰りについ揚げ物とビールを買って、飲んで食べるを繰り返していたのがなくなったこともありますが(笑)、浪江に移ってからは、浪江町の野菜が安くておいしいため、野菜を中心とした食事をしており、毎朝歩くので適度な運動ができて、都心での生活とは違ったストレスフリーな生活が出来ています。だから痩せたのかなと。
それから浪江町は歴史の宝庫です。いろんなところを歩けば歩くほど、歴史の痕跡に遭遇できます。歴史好きの僕としては、毎日が興奮の連続です。
これは今後の楽しみですが、日本を代表する企業や官庁、大学の方々が浪江町に訪れていて、多くのプロジェクトや実験など新しい取組みが日々増えておりますので、人的交流や知的交流がもっと活発になることにワクワクしております。
8.逆に移住してみて大変だったと感じるのはどんな事ですか?
夜の明かりが極端に少ないことですね...。駅前のメインストリートの街灯だけは明るいのでその光を分けてくれといつも思っています。なので、夜中に歩くときは懐中電灯必須です。でも夜空は星々がハッキリと見えてすごく奇麗です。実家はJAXAのある相模原にあって、そこも星が奇麗ですが、浪江町の夜空はそれをはるかに凌ぐ奇麗さです。目の前でぱぁーっと広がる星空に本当に感動しました。
それと、店が閉まる時間が早いことですね。夜7時とか8時には閉まるお店が大半なので、夜中歩いていると寂しさを感じます。だから夕方までには買い物を済ませます。 
9.浪江町でお気に入りの場所・食べ物があれば、好きな理由とともに教えてください。
お気に入りの場所は、請戸川と請戸川の浜です。請戸川が好きな理由は、ウォーキング中に地元の方とすれ違うことがあって、挨拶すると絶対に返してくださいますし、たまに会話してくださることもあるので交流のきっかけとなって楽しいからです。また、森林の香り、海辺に近づくと浜の香りと風の心地のよさもお気に入りポイントです。
お気に入りのご飯は、居酒屋「こんどこそ」さんのお料理です。理由は、以前浪江町に2日間過ごした際に2日連続でお邪魔させていただいたのが「こんどこそ」さんで、大将とスタッフさんの人柄がすごく良く、楽しく食事ができました。その時にいただいた「メロの塩焼き」と「稚鮎の天ぷら」が美味し過ぎてまた食べたいです。ちなみに先日移住後初めて「こんどこそ」さんに伺いましたら、僕のことを覚えてくださっていました。
焼酎のボトルキープをしていいますので今度一緒に飲みましょう!
10.楽しみにしています。リモートワークで気になることですが、仕事のオン・オフの切り替えがなかなか難しいと思います。千頭さんはどのように切り替えていますか? また、休日はどのように過ごしていますか?
朝のウォーキングと夜の料理づくりです。先ほど話したように、ウォーキングは地元の方々と触れ合える場でもあり楽しいです。また料理に関しては、浪江町には豊富な野菜が育ってますので、日々どんな野菜をどのように料理するか考えて楽しく実践しています。あと「のどぐろ」や「カナガシラ」など都心部のスーパーではお目にかからない魚が安く手に入りますので、料理のしがいがあります。休みの日は基本土日で、時間に余裕があるので遠出してますね。請戸漁港や棚塩地区など歩きまくっています。
駅近くにある図書館を利用したり、南相馬の原ノ町や仙台まで行くこともあります。浪江町にもイオンと無印良品がありますし、原ノ町や仙台に行けば何でも揃うので、買い物で困ったことはないです。もちろんAmazonもしっかり届きますよ。
最近、地元の方から軟式テニスに誘ってもらいました。まだ行けてないのですが、これまた楽しみです。
11.浪江町で今後楽しみにしていること、期待していることはどんな事ですか?
浪江町の経験と歴史、地元の方々の思いを交流を通して伺い知り、次の世代に繋げていきたいと思います。「まちづくりなみえ」さんのイベントや十日市祭などを通して地元の方々と知り合え、繋がる機会ができつつあり、今すごく楽しいです!これからもいろんなことに、表現が悪いのですが首を突っ込みたいと思います。
一方で福島国際研究教育機構が浪江町に設立されることになり、今後人的交流と知識の集積が凄まじい勢いで進むと思います。良いか悪いかは別にしても、シリコンバレーや深圳のように浪江町は化けるかもしれない。そんなダイナミックな「新化」にもワクワクしています!
12.千頭さんの今後の目標を教えて下さい。
浪江町の経済をもっと活性化させるプラットフォームを作りたいと思っています。まだぼんやりとしていますが、浪江町の商品や魅力を伝えるWEBメディアをつくりたいなと。メディア名は「ナミエウォーカー」か「浪江カレンダー」かなと...。そんなWEBメディアを通して浪江町の魅力が伝わり、特産物の販売に繋がったらいいなと夢を描いています。
それから、浪江町に家を造りたいですね。家といっても単なる自分の家ではなく、地元の人、企業の人、海外の人が交流して、新しいアイデアが生み出されるキッカケとなるような公共スペースをつくれたら面白いだろうなと日々妄想しております。
13.色々と具体的な構想をお持ちで頼もしいですね。では最後に、これから移住を検討されている皆様に一言お願いします。
浪江町には家賃補助制度があるのですが、僕は受けられていません。なぜなら、移住を検討したタイミングでまちづくりなみえさんに相談しなかったために、その制度と条件を知らず、条件に満たない住居を契約したためです。だから、皆さまはまず「まちづくりなみえ」さんにご相談ください!決して僕を見習ってはいけません(笑)
それと、ぜひ浪江町に足を運んで欲しいです。今の駅前の様子を見ると、寂しい感じがして不安に思われるかもしれませんが、今後どんどん変わっていくでしょう。
そして不動産屋さんや飲食店でも何でもいいので、地元の方々と交流していただきたいと思います。みんな温かい方々ですので、いい出会いがあると信じてます。
最後に、不便さもあるかもしれませんが、不便さも楽しんでいただき、何よりここに来て皆さまもワクワクを感じてください!

INTERVIEW.02

浪江町に移住された方をご紹介します。
第2回は、2021年の9月に移住された尾崎哲哉さんのご紹介です。持病を抱えつつも浪江町での生活を楽しんでおられます。町に対する率直なご意見も伺えました。
現在、浪江町に移住を検討されている皆様、これから移住先を検討される皆様、ぜひ移住経験をご参考にしてください。

次々と人と繋がって行くのがこの町の面白いところ!!

プロフィール

お名前:尾崎哲哉
出身地:滋賀県大津市
勤務先:(株)アクティオ
    東日本大震災・原子力災害伝承館受付
年齢:41歳(1981年生)
移住年月:2021年9月

1.浪江町に移住する前はどこでどんな生活していましたか?
20年近く京都市の精神科に通院しながら、己と向き合い病気と向き合う日々でした。主治医やセラピスト(カウンセラー)と、精神科医療とは何か、セラピーとは何かを対話してきて、患者の側から見た精神医療についての多くの経験を積ませてもらいました。また地域で様々な方と交流をしたりお手伝いをさせて頂く事で、色んな社会勉強をさせて頂きました。
2.持病を抱えながら、それでも浪江町に移住しようと思ったのはなぜですか?
家族からの援助に頼るのではなく、家族と離れて暮らすのが積年の悲願でした。コロナ鬱で腐っていた所に、主治医の引退が決め手になりました。引退直前の主治医に、「浪江で過ごすと症状があまり出ず調子が良いが、家から離れた時間が良かったのだろうか」と話した所、主治医から「場所(が良い)って事もありますよ」と言われました。この言葉が頭から離れず、それだけ気になるという事は、浪江は自分にとって大事な所なんじゃないか? と思ったのがきっかけになりました。
3.移住の際、支援制度や補助金で何か利用されましたか?
公的なものは一切ありません。ご縁が出来た様々な方から多大なご支援をいただきました。
4.どのようなプロセスで移住しましたか?
まずここに住むという視点でこの地域を見てみました。次いで精神科クリニックを探しました。その次に「一社まちづくりなみえ」に電話で相談したところ、復興庁からの移住定住補助金が予定されているので、内容がハッキリするまで待つようにとのアドバイスを頂きました。そして、知人から町営住宅の話を聞き、募集日程をHPで調べて、役場で住宅係・福祉係・定住推進係の4者面談をして頂き、移住への不安について相談にのって頂きました。町営住宅の秋の応募に当選したので移住しました。
5.移住して最初にしたことは何ですか?
初めての一人暮らしでしたので、まずは生活用品の買い出しです。
6.現在はどんな仕事をされていますか? また、そのお仕事はどのようにして見つけましたか?
東日本大震災・原子力災害伝承館の受付のアルバイトです。と言っても障害年金とどちらの収入が多いか分からない状態なので、職業というには抵抗も感じます。移住によって病状が改善したので、2021年の年末くらいから障がい者雇用を中心にハローワーク等で探していたのですが、偶然スマートフォンでIndeedの募集広告を見つけました。
7.浪江町に移住してよかったと思うのはどんな時ですか?
持病が大きく改善し、今のところかなりストレスフリーな生活をさせて頂いていることです。また、地域の課題に対して、移住者だからあるいは精神疾患だからわかる事、貢献できるこ事があると感じる時はやはりうれしいです。
8.仕事探しが大変だったと思いますが、移住してみて今の率直な気持ちをお聞かせください。
就労を考えた時に障がい者募集がほとんど無く、数少ない募集も実は身体障がい者しか求めてなかったりと、精神障がい者は、就労に関してかなり自力で動けないと難しい地域だと感じたのが大変でした。他のことも含めて精神障がいや精神疾患に対する支援体制がとても脆弱な地域だと感じます。震災で心の傷を負って引きずっていらっしゃる方も少なくないのでは?と考えた時に、それを支えれる地域なのだろうか?と思うと、気持ちが暗くなります。
9.浪江町に来て驚いた事はありますか?
人口が僅か1800人に満たない町なのに、地域住民や行政、地域の諸団体の間の繋がりが希薄な事に驚きました。例えば3自治体8企業の協定関連行事などは両手の指で数えても余るくらいの町民しか来場していない。駅周辺開発も多くの町民の知らないところでいつの間にか計画が出来上がっている。復興の主体が住民ではなく、事業主体は広く住民の声を聞くことをせず、住民の側も積極的に声を上げることをしていない。なぜこれだけの人数しかいないのに、ここまでコミュニケーションがとれないのか、とても驚きました。そして住んで知ることによって、原子力災害が問題を根深く難しくしているのではないかと感じています。
10.今の生活についてお聞きします。浪江町でお気に入りの場所・食べ物があれば、好きな理由とともに教えてください。
お気に入りの場所は、「喫茶コスモス」そして「イオン浪江店」です。お気に入りの食べ物は、「食事処 いふ」さんで頂いた魚料理です。その理由は、喫茶コスモスは、移住前に移転復活の話が出た頃からお手伝いさせて頂いているので、思い入れが大きいです。また私にとって、とてもステキな空間に感じられます。イオン浪江店は、南相馬市まで出かけなくても日常の買い物が出来るので、とてもありがたいからです。京都では、鮮度が落ちた魚を煮魚にするのが当たり前でした。それだけ私の育った京滋は海産物がとても貧しい地域なのです。なので、「いふ」さんでおいしい煮魚を頂いたときは衝撃でした。
11.休日はどのように過ごしていますか?
地域で繋がれた人と関わることや、行事などに参加する事でほとんどの時間が過ぎていきます。その隙間で自宅の片付けや掃除、買い物などに追われています。
12.浪江町での今後の楽しみにしている事はどんなことですか?
こんな自分でも温かく迎えいれて下さる方々がいて、心を癒やしてくれたこの町、この地域、ここの人々に恩返しをしたいと思いました。そのために私が出来る事があるような気がするのが有り難くもあり、喜びでもあり、楽しみでもあります。
13.今後の尾崎さんの目標を教えて下さい。
一つは病気を益々回復させていき、この浪江町で自立した生活を送ることです。そして私は震災や復興といったキーワードと無関係に移住して来ましたが、実際に浪江町に住むとやはりそれらを意識し、考えずにはいられません。誰も「復興」という言葉を使うことも意識することもなく、私自身も地域の皆さんも、当たり前の日常生活を送れる時を迎えるのがもう一つです。  そして、原子力災害というとても特殊な出来事が、11年余り経った今でも被災地にどのような影を落としているのか、ここで生活し、ここの方々と交流しないと分からない事があまりにも多いです。勤務先の伝承館の展示を見ても、それはほとんど分からないと思います。原子力災害ならでは分断と復興の難しさのありのままを、多くに方が知り、自分事として共に考えて頂きたいと勤め始めてから思うようになりました。
14.今後の尾崎さんの目標を教えて下さい。
数多くの難題を抱える町ですが、移住の間口は広く寛容だと感じました。この寛容さはこの地域が元々持っている底力だと思います。元々の住民の方か移住者かなど関係無く、手を取り合て地域を良くしていく為に、どうか力を貸して下さい!
また、住んで地域交流を積極的にすると、次々と人と繋がって行くのがこの町の面白いところだと思います。ぜひここ浪江町での生活を楽しんで下さい。

INTERVIEW.01

浪江町に移住された方をご紹介します。
第1回は、2021年の10月に移住された葛西啓之さんと優香さんご夫妻です。今回は優香さんにお話を伺いました。
現在、浪江町に移住を検討されている皆様、これから移住先を検討される皆様、ぜひ移住経験をご参考にしてください。

コロナ禍でいろいろと自分の人生を見直し、
機会が来た頃だと思っていた。

プロフィール

お名前:葛西優香
出身地:大阪府豊中市
勤務先:東日本大震災・原子力災害伝承館
年齢:35歳(1986年生)
移住年月:2021年10月

1.移住前はどこでどんな事(仕事や生活)をしていましたか?
東京都で株式会社百年防災社を立ち上げ、災害への備えを日頃から考えるために地域住民や企業・行政の方々と一緒に防災啓発活動をしていました。また大学院に通い、災害時に助け合えるような住民自治組織の日常からの形成方法について研究をしていました。
2.浪江町への移住のきっかけ、移住の決め手は何ですか?
2015年に一般社団法人まちづくりなみえの菅野孝明さんに出会い、浪江に伺い、浪江のことを知りました。そして初めて訪れた時から「ここにいつか私は住む」という気持ちが心のどこかに宿っていました。コロナ禍で色々と自分の人生を見直し、機会が来た頃だと思っていた時に、伝承館の研究員のお話があり、移住を決めました。
3.利用した支援策、補助金などはありますか?
宿泊支援(いこいの村なみえでの一ヶ月宿泊制度)と1ヶ月レンタカー支援を利用させていただきました。
4.どのようなプロセスで移住しましたか?
・一般社団法人まちづくりなみえの菅野さんに浪江町にて相談
・何度かいこいの村に宿泊し、浪江の生活を体験。
・双葉不動産にお伺いし、数物件拝見し、当日に決定。
・書類などの手続きを後日持参し、物件契約。→移住。
5.移住して最初にしたことは何ですか?
ご近所さんへご挨拶をしたり、日常品の買い物や住宅の整理整頓、先輩移住者の方へのご挨拶などしました。
6.現在はどんな仕事をされていますか? また、そのお仕事はどのようにして見つけましたか?
所属している大学院の研究室の関谷先生が伝承館の上級研究員をされている縁で研究員募集が行われることを知り、2022年4月から東日本大震災・原子力災害伝承館の研究員として勤務することになっています。
7.浪江町に移住してよかったと思うのはどんな時ですか?
空が広く、穏やかな空気が流れている町を歩きながら呼吸をしたときや、ご近所さんとご挨拶をして、日常の安らぎを感じられたときに特に「移住して良かった」と思います。
8.移住してみて大変だったのはどんな事ですか?
二拠点生活の中で車のバッテリーが上がってしまい、車が動かなくなってしまった時がありました。始めどうしようかと思いましたが、相談した浪江タクシーの方に渡辺商店さん教えてもらい、すぐににお願いをして修理をしてもらいました。結局大変だったのはバッテリー上がりに気づいた瞬間だけでした。
9.浪江町でお気に入りの場所・食べ物があれば、好きな理由とともに教えてください。
お気に入りの場所は請戸港で、お気に入りの食べ物は「海鮮和食処くろさか」さんのお刺身。くろさかさんのお刺身はとっても分厚くて食べ応えがあります。仮設商店街の頃から海鮮丼をいただいていて、お店の方から活力をもらっています。
10.休日はどのように過ごしていますか?
自宅でゆっくりと過ごしています。道の駅で野菜を購入させていただき、料理をして食事をする。時間がすごくゆったりと流れて大好きな時間です。
11.浪江町での今後の楽しみは何ですか?
町の方々とお話をしたり、お祭りや盆踊りを教えてもらうことです。
12.今後の目標を教えて下さい。
浪江町民の方、「皆様」とお話をしてみたい!です。
13.これから移住を検討されている方に一言お願いします。
まずは町を訪れ、空気感を味わってみてください。そして、素敵な町の方々とお話をしてみてください。